教えて!聖火到着式の舞台裏

カラースモークは、こうして実現!

2020年3月20日、松島基地で行われた東京五輪の聖火到着式に、1999年以来のカラースモークが大空に現れた。1964年の東京五輪以来のオリンピック・シンボルの実現に向け、そこには多くの隊員の努力があった。その舞台裏をパイロット、整備員それぞれの目線で紹介しよう!

Interview from pilot ~パイロット編~

Q カラースモークの実現に向けて、どのような準備を行ってきたのでしょうか?
海野:具体的に動きがあったのが昨年の夏、カラースモークの試験を行いました。その際に、カラーオイルを機体に入れる作業から抜く作業、そして実際に基地上空でカラースモークを出してみて、発色の確認などをしました。そこで検証を重ね、3月の実施へと至りました。実現する上で課題となるのが、予備機の機数です。通常の白いスモークでしたら1機の予備機で済むところが、カラースモークの場合、各色ごとの予備機が必要になります。また、それに合わせたパイロットや整備員の確保も必要なため、5色の予備機の準備が部隊として一番大変なところでしたね。
Q 12機体制の大変さはどのような点にありましたか?
海野:12機体制に向けて、いつまでに機体やパイロットが揃わないと訓練が間に合わないかを逆算し、準備を始めました。実現に向けては、2018シーズンまでブルーインパルスに在籍していた、上原広士1尉(MUSHA)と、山﨑雄太1尉(BLADE)にも編隊に参加してもらいました。ただ、彼らも部隊の第一線で活躍する貴重な人材なので、長期間拘束する訳にはいきません。約1年以上T‐4の操縦から離れていた彼らが、感覚を取り戻すのにどのくらい時間がかかるかは想像の世界でしたが、2人とも飲み込みが早く、5~6週間の短期間でスムーズに訓練を終えることができました。
Q 1964年の東京オリンピックの際のフライトとの差を教えてください
海野:後になって、過去の五輪の資料を調べたときに分かったのですが、当時のF‐86のスモークは線が太く、とても鮮明に残るんです。過去の五輪は、今回私たちが描いた倍の高度、そして円の直径も2倍以上あったようなのです。F‐86のスモークが1分程度残るのに対し、T‐4のスモークは約30秒で消えてしまうため、素早く描き終える必要がありました。ちなみに、今回のオリンピック・シンボルは直径1600メートル程度です。

教えてくれたのはこの人
飛行班長 海野 勝彦 3佐

Q 強風が吹き荒れた当日、どんな影響がありましたか?
海野:地域特性上、松島基地は北風が強く吹きます。風が強い状態で安定していれば大きな問題はないのですが、風の息があって、強弱がミルフィーユのようになっているのです。私が搭乗していた1番機では、決められた時間に展示点を通過するための秒数管理を行っていましたが、その難易度をあげたのがスタート地点と展示地点での風の違いです。通常のローパスでしたら、風に応じてスピードを変えられますが、オリンピック・シンボルに関しては250ノットと決められていたので、スタートポイントを出る時間を、風に合わせて調整していく、これが非常に難しかったですね。
Q 式典をやり遂げた感想を教えてください
海野:あの環境下でチームのベストを尽くせたことはとても誇りに思っています。当日は「オリンピック・シンボル」と「リーダーズ・ベネフィット・ローパス」の展示飛行を行いましたが、実は元々、オリンピック・シンボル1課目だけの予定だったのです。当日が近くにつれ、強風で消えてしまうことも考慮し、直前で2課目の実施が決まりました。オリンピック・シンボルを描く第1編隊とバックアップを主とする第2編隊の2チーム体制で運用していたので、飛行機が1機でも故障していれば実現できなかったことです。特に臨時で戻ってきてくれたメンバーも含め、結果的に彼らも含めた全員、12人で飛べた事は嬉しかったですね。

3月13日に行われた「オリンピック・シンボル」の予行。聖火到着式では強風によりややかき消され気味だったが、 部隊が一丸となってとなって遂行することができた(写真:黒澤英介)

Interview from maintenance ~整備員編~

Q 通常のオイルとカラーオイルにおける作業工程の違いは何でしょうか?
町田:通常の基地の訓練では給油車でスピンドルオイル(スモークのオイル)の補給を行い、航空祭時などの展開先ではドラム缶にオイルを入れて使用しています。しかし、カラーのオイルは一斗缶で納品されるため、その管理や使用量を調整する作業が発生します。具体的には、一斗缶に入ったカラーオイルを、空のドラム缶に移して使っていました。更にカラーオイルはそのまま置いておくとカラーが沈殿してしまうため、補給前に缶を振り撹拌(かくはん)する作業が必要でした。これが中々重くて大変な作業でしたね。ドラム缶を機体近くに運ぶ際には、転がしながら持っていくことで、よりカラーが混ざるような工夫も行っていました。

教えてくれたのはこの人
整備員 町田貴宣 3曹

Q カラーオイルの管理方法の違いはありましたか?
町田:色によって多少、管理方法の違いがあります。例えば赤色の場合、色が濃いので他のものよりもドロドロしていました。カラー試験を基地で実施した時の経験を踏まえ、しっかり攪拌できるよう気をつけました。また温度管理に関しては黒色だけは温めた上での使用が必須でした。ドラム缶に入れた状態で、低温でゆっくり前日から専用のウォーマーで30~40度に温める作業があったため、前倒しの準備が必要でした。
Q カラーオイルを補給する上で工夫した点はどんなところでしょうか?
高橋:カラーオイルをドラム缶に入れる際の漏斗(ろうと、じょうご)を、空の容器などを利用して自作しました。カラースモークの準備期間も短かったため、道具は手元にあるものを工夫したものが多いですね。着色している油なので、服や機体に付着すると取れにくいので、特に神経を使う作業でした。給油の際は、跳ね返ったオイルが着色しないように、自動車のタイヤのチューブを再利用したカバーを使うなどの工夫も行っています。

エンジンノズル後方のスモーク噴射口からカラーオイルを摘出する際に使用する、お手製の防汚アイテム。 タイヤのチューブを使うなど、機体を汚さない工夫がなされている

Q 式典当日はいかがでしたか?
高橋:かなりの強風下での作業だったため、機材が飛ばされたり、整備員が機体から滑落しないように注意しました。補給の際に、機体を汚さないようにも神経を使いましたね。この日に向けて整備員も増員していましたが、作業を行うにはギリギリの人数でした。また、第11飛行隊だけで成し遂げられた展示ではありません。資材は基地の施設隊に協力してもらっていたし、聖火到着式では松島に降下できなかった場合のダイバート(代替飛行場)先として仙台空港でも第21飛行隊や、検査隊など他部隊に準備をしてもらったりと、基地全体の協力があってこそ成功したと思っています。

カラーオイルが入った一斗缶。メーカーからはこの状態で納品される

一斗缶のカラーオイルは、一度ドラム缶に移されて、機体に注入される。
写真では、カラーを間違えないように各色のテープが示されている